4 救いの諸秘跡

信仰をもってふさわしく行われる諸秘跡は、それぞれが表す恵みを与えます。これらが効力を持つのは、そこでキリストご自身が行動なさっておられるからです。洗礼を授け、諸秘跡の中で行動し、諸秘跡が表す恵みをお与えになるのは、キリストご自身なのです。御父は、御子の教会が各秘跡のエピクレシスの中で聖霊の力への信仰を表明している祈りをつねにお聞き入れになります。火が自分に触れるものをすべて火に変えてしまうように、聖霊はご自分の力にゆだねられるすべてのものを神的いのちに変えてくださるのです。

そこに、秘跡は「行為が正しく行われるということ自体で(exopere operato)」効果を生む、という教会の主張の意味があります。すなわち、秘跡はただ一度行われたキリストの救いのわざによって効力を生じます。したがって、「諸秘跡はそれを授ける人間、あるいはそれを受ける人間の正しさによってではなく、神の力によって成し遂げられる」のです。ある秘跡が教会の意向に従って行われるとき、キリストとその霊の力が、司式者の個人的聖性のいかんにかかわらず、秘跡の中で秘跡を通して働きます。とはいえ、諸秘跡の実りは秘跡を受ける者の心のあり方にもよる部分があります。

教会は、新しい契約の諸秘跡は信者の救いに必要なものであると言明します。「秘跡による恵み」とはキリストによって与えられる聖霊の恵みで、それぞれ秘跡に固有のものです。聖霊は秘跡を受ける人々を、神の御子に一致させ、いやし、変化させてくださいます。神の子とする霊が信者たちを救い主である御ひとり子のいのちに一致させ、神の本性にあずからせることが、秘跡に生かされた生活の実りなのです。