2 教会の諸秘跡

神の神秘の忠実な管理者である教会は、「真理をことごとく悟らせる」(ヨハネ16∙13)ために導かれる聖霊によって、聖書の正典と信仰の教えばかりでなく、キリストから受けたこの宝を徐々に悟り、それがどのように「分配」されるべきかを明らかにしてきました。このようにして、時代がたつにつれ、教会は典礼祭儀の中にキリストによって制定された厳密な意味での秘跡が七つあるのを認めるようになりました。

諸秘跡は、二重の意味で、つまり「教会による」また「教会のための」という意味で、「教会の」秘跡です。「教会による」というのは、教会が、聖霊の派遣を受けてそこで働くキリストのわざの秘跡であるからです。「教会のための」というのは、諸秘跡が「教会をつくる秘跡」であるという意味です。諸秘跡は、とりわけエウカリスチア(聖体)の秘跡において、愛である三位一体の神の交わりの神秘を人々に示し、分け与えてくれるからです。

教会は頭であるキリストと「唯一の神秘的なペルソナ」を形づくりながら、秘跡の中で「有機的に構成された」「祭司的共同体」として行動します。洗礼と堅信とによって、祭司的民は典礼を祝うにふさわしいものとなります。他方、ある信者たちは聖なる叙階を受け、「神のことばと恩恵をもって教会を牧するために、キリストの名において立てられるのです」。

叙階された奉仕職、すなわち「奉仕的祭司職」は、洗礼による祭司職に奉仕するものです。この奉仕職は、諸秘跡を通して、キリストが聖霊によって教会のために働くことを保証します。御父が人となられた御子にゆだねられた救いの使命は、使徒たちに、また使徒を通してその後継者たちにゆだねられています。後継者たちはイエスの霊を受け、イエスの名によって、イエス自身として行動します。このように、叙階された奉仕者は、典礼行為を使徒たちが語り行ったことに結びつけ、また、使徒たちを通して、秘跡の源であり土台であるキリストが語られ行われたことに結びつける、秘跡的なきずななのです。

洗礼、堅信、叙階の三つの秘跡は、恵みのほかに、秘跡的な霊印つまり「しるし」を与えますが、これによって、キリスト者はキリストの祭司職にあずかり、それぞれの身分や役職に従って教会の一部を成すようになります。ひとたび聖霊によってキリストと教会の姿を刻まれたキリスト者は、神の恵みとその保護の約束と保証を受ける資格、神礼拝と教会奉仕への召命を与えられます。この霊印はいつまでも残り、消えることはありません。したがって、これらの秘跡は生涯に一度しか受けることができません。