5 要約

聖霊の恵みはわたしたちに神の義を与えます。聖霊はわたしたちを信仰と洗礼とによってキリストの死と復活に結びつけ、そのいのちにあずからせます。

回心と同じように、義化には二つの側面があります。人間は、恵みの働きによって罪から離れて神に向かい、神のゆるしと義とをいただきます。

義化には、罪のゆるし、内的人間の聖化ならびに一新が含まれます。

義化とはキリストの受難を通してわたしたちに与えられるいさおしであり、それは洗礼を通して与えられます。また、わたしたちを人を正しいものとする神の義にかなうものにしてくれます。その目的は、神とキリストの栄光、および永遠のいのちを与えることです。義化は、神のあわれみのもっとも卓越したわざです。

恵みとは、神の養子になるようにとの招きにこたえるよう、神がわたしたちにお与えになる助けです。恵みはわたしたちを、聖三位一体の親密な交わりのうちに入らせてくれます。

神の発意に基づく恵みの働きこそが人間の自由な応答に先だつものであり、その応答を準備し、呼び起してくれます。恵みは、人間の自由の奥深い願望にこたえて、人間の自由を自らに協力させ、これを完全なものにしてくれます。

成聖の恩恵は神の無償のたまものであって、わたしたちの霊魂を罪からいやし聖化するため、聖霊によって注がれた神ご自身のいのちです。

成聖の恩恵は、わたしたちを「神のみ心にかなう」者としてくれます。聖霊の特別な恵みであるカリスマは成聖の恩恵のためにあるもので、教会の共通善を目指すものです。神はまた、助力の恩恵によって働かれますが、この恩恵はわたしたちのうちにとどまる常住の恩恵とは区別されます。

神のみ前におけるわたしたちのいさおしは、すべて、人間をご自分の恵みのわざに協力させたいという神の自由なはからいによるものです。いさおしは、まずは神の恵みによるものであり、ついで人間の協力によるものです。人間のいさおしは神に帰するものなのです。

わたしたちは神の子としていただいたので、神の無償の正義に基づいて,聖霊の恵みによって真のいさおしを立てることができます。愛こそが、神のみ前におけるわたしたちのいさおしのもっとも重要な源泉です。

回心のもととなる最初の恵みを自分のいさおしによって得ることができる人間など、一人もいません。わたしたちは聖霊の働きに動かされて、自分自身や他の人のために、永遠のいのちに至るために役立つ恵みだけではなく、この世で必要な善もいただくことができるのです。

「すべてのキリスト信者がキリスト教的生活の完成と完全な愛に至るよう」召されています。「キリスト教的完全さの限界というものを認識しています。それは、そこにはいかなる限界もないということです」。

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マクイ16∙24)。