4 だれがこの堅信を受けることができるか

堅信をまだ受けていないすべての受洗者が堅信の秘跡を受けることができ、また、受けなければなりません。洗礼と堅信と聖体は一つにつながるものですから、「信者は適切な時期にこの秘跡を受ける義務を有します」。洗礼の秘跡は堅信と聖体を受けていなくても確かに有効で効果あるものではありますが、キリスト教入信は未完のままだからです。

ラテン教会のここ数世紀来の伝統に従えば、堅信を受けるには「物事をわきまえる年齢」に達していることが必要です。しかし、死の危険がある場合は、まだその年齢に達していない幼児にも堅信を授けなければなりません。

堅信を「キリスト者としての成熟の秘跡」と呼ぶ人がいますが、信仰上の成熟と年齢による成熟とを混同してはなりません。また洗礼の恵みは、無償の、個人のいさおしによらない選びの恵みであって、これが有効になるための「批准」は不必要であることを忘れてはなりません。聖トマスは次のように指摘しています。
「肉体の年齢は、霊魂の成長とは関係がありません。ですから、人間は子供であっても、霊的年齢の完全さに至ることができます。知恵の書(4∙8)では『老年の誉れは長寿にあるのではなく、年数によって測られるものでもない』と語られています。だからこそ多くの子供たちが、授けられた聖霊の力のおかげで、キリストのために自分の血を流すほどに勇敢に戦うことができたのです」。

堅信の準備にあたっては、キリスト者がキリスト教的生活の使徒的責務をさらによく担えるように、キリストとのより緊密な一致、聖霊とその働き、そのたまもの、その呼びかけにいっそう親密に応じる態度を培えるよう導くことを目指さなければなりません。そのために、堅信のカテケージスでは、普遍教会および小教区共同体を含めたキリストの教会への所属意識を目覚めさせるための努力をする必要があります。とくに小教区共同体には受堅者の準備に関する責任がゆだねられています。

堅信を受けるには、成聖の恩恵の状態になければなりません。たまものとして聖霊をいただくために、ゆるしの秘跡を受けて清められることが勧められます。また、聖霊の力と恵みを素直に進んで受けるよう、熱心な祈りによって準備しなければなりません。

洗礼のときと同様、堅信の場合にも、受堅者は代父または代母の霊的援助を求める必要があります。二っの秘跡の一体性を強調するため、洗礼のときと同じ代父母であるのがよいでしょう。