2 堅信のしるしと儀式

堅信式では、塗油のしるしと、その塗油によって示し刻みつけられる霊印について考えなければなりません。
塗油は、聖書を含めて、古い時代から多くの象徴的な意味を持つものとされてきました。油は豊かさ、喜びのしるしで、清め(入浴前後の塗油)、柔軟さ(闘技者や格闘者の塗油)、打ち身や傷の痛みを和らげる治癒のしるしでもあり、そのうえ、美と健康と力とを増進させるものです。

塗油が持つこれらの意味は、秘跡に生かされる人生においても同じように存在していることが分かります。洗礼前の求道者への塗油は清めと強化を意味し、病者の塗油は治癒と力の回復を表します。洗礼後の堅信および叙階で受ける聖香油の塗布は一種の聖別のしるしです。堅信による塗油を受けたキリスト者は、イエス・キリストの使命とイエス・キリストに充満する聖霊の働きとにいっそう深くあずかり、その生活全体がキリストのよい香りを放つようになります。

受堅者はこの塗油によって聖霊の証印を受けます。証印は本人の象徴、その権威のしるし、ある物に対する所有権のしるしですそのために昔は、兵士には指揮者の、奴隷には主人の印が押されました。証印は法的行為や文書を真正なものとし、場合によってはそれを秘密のものともします。

キリスト自ら、ご自分が御父の証印を押されたといっておられます。キリスト者もまたある種の証印を押されています。「わたしたちとあなたがたとをキリストに固く結びつけ、わたしたちに油を注いでくださったのは、神です。神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に”霊”を与えてくださいました」(ニコリント1∙21-22)。聖霊のこの証印は、キリストヘの全面的所属、永遠にその奉仕者となったことを示しますが、また、終末の大きな試練に際して神が守ってくださる約束をも表すものです。

堅信式

堅信式に先だって行われ、しかもある意味では儀式の一部ともいえる重要な式は、聖香油の聖別です。司教は聖木曜日の聖香油のミサの中で、自分の教区全体のための聖香油を聖別します。東方教会では、この聖別は総大主教だけが行えることになっています。 アンティオキアの典礼は、聖香油(ミュロン)聖別のエピクレシスを次のように唱えます。「〔父よ、あなたの聖霊を〕わたしたちと、わたしたちの前にあるこの油の上に〔送り〕、聖なるものとしてください。この油が、それを塗られしるしをつけられたすべての人にとって、聖なるミュロン、祭司のミュロン、王の香油、光の衣、救いのマント、いのちの保護者、霊的たまもの、霊魂と肉体の聖化、心の喜び、不朽の幸福、消えない証印、信仰の盾、サタンのあらゆる働きに対する恐るべきかぶととなりますように」。

ローマ典礼の場合のように堅信が洗礼と切り離して行われるときには、この儀式は受堅者の洗礼の約束の更新と信仰宣言とで始められます。こうして、堅信は洗礼につながるものであることが明白にされます。成人が洗礼を受けたときには、直ちに堅信を受け、聖体を拝領します。

ローマ典礼では司教は受堅者全員の上に手を伸べますが、この動作は、使徒時代から引き継がれてきている聖霊が与えられるときのしるしです。司教は次のことばで聖霊の注ぎを懇願します。
「全能の神、主イエス・キリストの父よ、あなたは水と聖霊によってこの人々に新しいいのちを与え、罪から解放してくださいました。今この人々の上に、助け主である聖霊を送り、知恵と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し敬う心をお与えください。わたしたちの主イエス、キリストによって」。

続いて、秘跡の本質的な儀式に移ります。ラテン典礼では、「堅信の秘跡は受堅者に按手して、『父のたまものである聖霊のしるしを受けなさい』といいながら、聖香油を塗布することによって授けられます」ビザンチン典礼の東方教会では、ミュロンの塗布はエピクレシスの祈りの後で、額、目、鼻、耳、唇、胸、背、手足というからだの重要な部分に行われます。そして、各部分に塗油するたびに「たまものである聖霊のしるし」ということばが述べられます。

堅信式を締めくくる平和の接吻(あいさつ)には司教ならびに全信者との教会的な交わりという意味が込められており、そのことが表現されています。