5 主の発見

聖家族がナザレに落ち着いてしばらくしてから、ユダヤ人がエルサレムの神殿に行き、主にご挨拶するときが来ました。出エジプト記や民数記に書かれてあるように、この義務は年に三回あります。男性だけに義務があり、女性には義務が果たされていません(出エジプト二十三・十七)。女性は行っても行かなくてもよいのです。天の貴婦人は聖ヨゼフに相談し、人となられたみ言葉にも助言を求めました。年二回は聖ヨゼフだけが一人でエルサレムに行き、三度目は三人が一緒に行くことに三人は取り決めました。イスラエル人が神殿に行くのは、幕屋祭、ペンテコステ(聖霊降臨)の祝日と、種無しパン、つまり準備の過ぎ越しの祝日でした。聖家族が一緒に行くのは、過ぎ越しの祝日になりました。何回も家族は行きましたが、神の御子が十二歳になったとき、家族は神殿に出かけ、神の光が輝き渡りました。この過ぎ越し祭は七日間続き、最初の日と最後の日が一番盛大でした。聖家族は他のユダヤ人たちと同様、七日間、礼拝と信心業を行いました。御母と聖ヨゼフは、人間では考えられないほどの恩寵と祝福を頂きました。祭りが終わり帰郷するとき、御子は黙って両親から離れました。団体は男女別々に旅をして、ある地点で合流することになっていました。御子は一緒でなかったので、御子は聖ヨゼフと一緒であると御母は考え、他方、聖ヨゼフは御子は御母と一緒にいるに違いないと思い、二人ともそう思い込んでいました。御二人が合流し、御子がいないと分かったとき、驚きの余り、しばらく呆然としました。やっと気を取りもどしたとき、御子を見失ったことで自責の念にかられました。愛すべき御母は聖ヨゼフに申しました。「私の夫、私の主人、心配でしょうがありません。急いでエルサレムにとって返し、私の至聖なる御子を見つけましょう」。御二人はエルサレムに戻り、親戚や友人を訪ね回りましたが、誰一人として御子の所在を知る人はいませんでした。至聖なる御母は涙と嘆きに明け暮れ、三日間寝食を忘れました。三日目は砂漠に行き、そこで洗礼者ヨハネに尋ねてみようと思いましたが、またもや天使たちに引きとめられたので、御母は天使たちが主から口止めされていると気付きました。この時の御母は女王にふさわしく誠に偉大でした。御母の悲しみは、あらゆる殉教者たちの苦痛を全部合わせたものよりも、もっと深刻でした。天使たちと話す以外は何らの恩恵も与えられず、御母の御子の謎の失踪に苦しみ続けました。御母は、聖性、堅忍不抜と完徳、平安を保ち、怒りとか混乱、困惑など普通の人々が陥る苦しみには落ちませんでした。御母は天の秩序と調和を保ち、主に対する畏敬と賛美を忘れず、熱心に三日間ずっとエルサレムの街を歩き回ったのです。何人かの婦人たちに御子の特徴を質問されると御母は答えました。「我が子は、色白で血色がよく、何千人もののなかから抜擢されたのです」。一人の婦人は言いました。「その子だったら私の家に施しを乞いにやって来ましたよ。私は少し分けてあげましたの。気品が高く、ハンサムで、私はうっとり見とれました。その子があまりにも貧乏な様子なので、すっかり気の毒になったのですよ」。この最初のニュースで御母は少し元気になりました。他の人たちからも同様の知らせを聞き、清貧の開祖である種は病院に行かれたであろうと察し、病院に行ってみると、案の定、施しをし、慰めてあげたと分かりました。御子のことを聞いて、御母はなつかしさが込み上げてこました。御子が貧乏人のところにいないなら、神殿にいるであろうという気がすると、御母はぐずぐずしませんでした。天使たちも御母に神殿に急いで行くように勧めました。そのころ、偉大な家長である聖ヨゼフは、御母と離れ、他の地域を探し回っていました。神の御子を心配するあまり、寝食を忘れ、行き倒れるかもしれないほどでした。御母が天使たちから勧められるとすぐに聖ヨゼフに会ったのです。さて、神の御子が旅の一団から離れ、エルサレムの街のなかに戻ったのは、街の門のすぐそばでした。ご自身の失踪により起こる全てを予見し、人々の恩恵のため、全てを永遠なる御父に捧げました。御子が、その三日間、施しを乞いながら人々の家々を訪問したのは、清貧の家の長男として乞食生活をするためでした。貧者のための病院に行って、もらった施しを与え、慰め、密かに身体の病気を治したり、大勢の病人の霊魂の健康を回復してあげました。御子が施し物をした何人かの人たちには恩寵と光りをたくさん与えました。このようなことをし終えた後で御子は神殿に行きました。その日、学問を積んだ先生たちが集まり、救い主の来臨について討論していました。洗礼者ヨハネの誕生や東の王たちの来訪依頼、不思議なことが起こったため、救い主の来臨または存在が噂されていたからです。著明な学者たちの前に、神の御子は諸王の王として、無限の知恵なる神として現れました。威厳と恩寵をふんだんに与える御子に、学者たちは耳を傾けました。御子の説明に学者たち一同は驚嘆し、この子供は一体何者かと口々に言い合いました。御子が説明を終了する前に、御母と聖ヨゼフが到着し、御子の話しに聞き入りました。御子を見つけて大喜びの御母は、御子に近寄りました。「我が子よ、どうしたのですか?あなたの父と私はあなたを探せずとても悲しみました」(ルカ二・四十八)。主は答えられました。「どうして私を探しましたか?私が御父の御業に携わっていることを御存じではなかったのですか?」ルカは御両親が御子の言葉を理解しなかったと言います(ルカ二・五十)。ご両親には御子の行動が隠されていましたし、その時は喜びで一杯で十分に納得する暇がなかったからです。学者たちは素晴らしい教えを聞いてすっかり驚いて去って行きました。三人きりになると、御母は御子を優しく抱いて言いました。「私の子よ、私の心の悲しみと苦しみを言い表したことを赦してください。行方不明にならないでください。あなたの手元に召し使いとして私を置いてください。私の怠慢のため、あなたが立ち去るならば、どうぞ、私を赦し、ましな人間にしてください」。神の御子は御母を受け入れ、三人はナザレに出発しました。ナザレでは御子イエスは御母と聖ヨゼフに従順でした。神が両親に対して従順なことは天使たちの脅威の的でした。御母は聖ヨゼフの助けを得て、御子を自分の子供として取り扱いました。御母は、御子が戻って来られたことに心から感謝しました。それに値しないことを、御母は十分に承知しており、御子への奉仕についてもっと愛情深く、もっと注意深くなりました。御子の世話をするとき、御母はいつも素早く、いつも世話をする機会をうかがいました。御子のそばではいつも跪きました。御子は心から感動し、最も強い愛情で御母に結ばれました。御子の恩寵は御母の心のなかに洪水のように流れこみましたが、御母の心から溢れ出ませんでした。御母の心は大海のように大きいからです。