1.おん子の受肉

黙想にふける聖マリアの部屋に人の姿をした天使たちが現れました。木曜日の夕方でした。謙遜な王女は、聖ガブリエルの見分けがつきましたが、伏し目にしました。聖なる天使は自分の女王に対し、深くお辞儀をしました。アブラハムが天使にお辞儀したように、人間が天使に礼を尽くすという昔からの習慣がこの日から変わったのです。み言葉の人性により、人性が神の威厳にまで引き上げられたので、人間は養子の地位をもらい、天使たちの兄弟となりました。聖なる大天使は挨拶しました。「めでたし聖寵充ち満てるマリア、主はあなたと共におられます。あなたは女の内にて祝せられています」(ルカ一・二十八)。この挨拶を聞いて聖マリアは当惑しましたが、混乱してはいませんでした(ルカ一・二十九)。当惑は、自分が最も卑しいものと思っていたのでこのような礼辞を考えてはいなかったことと、どのように応対していか考え始めたからです。その時、神が神の御母として聖マリアを選んだことを聖マリアの心のなかに話されたので、ますます驚いたのです。天使は主の宣言を説明します。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」(ルカ一・三十、三十一)。聖マリアがこの秘儀の偉大さを実感すればするほど、もっと讃嘆の気持ちが起きました。聖マリアは自分の謙遜な心を主に挙げ、教えと助けを願いました。いつもの恩恵や内的高揚は中止されたので、普通の人間と同じように、信望愛をもってあたるしかありませんでした。聖マリアは聖ガブリエルに答えて言いました。「私はどのようにして妊娠するのでしょうか?私は男を知りませんし、知ることができません」。この時の聖マリアは、乙女の誓願を、結婚前にも、結婚後にも、主に対して行い、その請願は主に祝福されたことを、無言で主に話ししました。聖ガブリエルは答えました(ルカ一・三十五)。「私の女主人様、男の協力なしであなたを妊娠させることは、神にとって簡単なことです。聖霊があなたの上に留まり、いと高き方の力があなたを覆います。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれます。御覧なさい。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっています。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっています。神にできないことは何一つありません。産まずの女を妊娠させるお方は、あなたを御自身の御母とし、しかもあなたの乙女を保存し、純潔を大きくします」。聖マリアはみ旨に従って答えるよう考えを巡らしました。三位一体の約束、預言、最も効果的な犠牲、天の門の開通、地獄に対する勝利、全人類、神の正義の充実、人間の光栄、天使たちの喜び、そして御父の御独り子が自分の胎内で姿をとることに関係する全ては、聖マリアの承諾(フィアット)にかかっていることを深く考えました。全能者は、ご自分に関することは被造物の協力に依存しませんが、外的な御業は被造物の関与を必要とします。つまり、御子の受肉は聖マリアの自由意志による承諾なしには行われません。この偉大な婦人は、神の御母の威光(蔵言二十一・十六)について深く考えました。聖マリアの霊魂は神の愛の畏敬に没頭しました。そして謙遜に頭を少し傾け、両手を組み合わせ、「お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ一・三十八)と宣言しました。「フィアット」の宣言により、四つの事態が同時に起きました。第一、私たちの主キリストの至聖なる御体が、御母の血により造られました。第二、キリストご自身の至聖なる霊魂が、他の人間の霊魂と同様に創造されました。第三、この霊魂とこの身体が結合し、御子の完全な人性となりました。第四、神はご自分を人性と一致させ、ご降臨による一致となりました。かくして、真の神人なるキリスト、私たちの主なる救世主が形成されました。神の御子は聖マリアのご胎内で聖母の血により栄養をもらい、自然に生育していきました。聖母は原罪の汚れなく、諸徳の実践に励みましたので、御体の血と他の体液が御子の成育に必要なものとなり、最も清いものになりました。私たちの主キリストの至聖なる霊魂は、神性が人性に結合しているのを見て神性を愛し、人性が劣っているのを見ました。謙遜のうちに霊魂を創造し、神性に一致させることにより、神にまで引き上げて下さった神に感謝しました。自分の至聖なる人性が苦しむこと、救いを獲得するため、犠牲とならないといけないことを知りました。そして人類のための犠牲となり、救い主として自分を捧げました(詩編四十・八)。自分と人類の名において創造したことを感謝しました。キリストは至聖なる御母と聖ヨゼフの救いのために祈りました。神人としての祈りの一つ一つは無限の価値があります。従順の行為一つだけでも私たちの救いに十分です。人間に対するキリストの愛は無限で、愛そのもの以外の何物によっても満足できません。愛がキリストの命の目的であり、愛の印として自分の命を使い尽くすのです。私たちの主キリストの妊娠した次の一瞬、聖母は明瞭に神性の降臨による人性との一致の神秘の幻視を見ました。至聖三位一体は、真理のあらゆる確実性において神の御母の称号と権利を確認しました。御子は確かに人間であり、確かに神ですから、御母は御子の実母であり、御母は御子となるべき実体を提供し、男の助けなしに母となるにあたって神の関与がありました。神の関与は普通の妊娠による生命の開始にも必要であることを考えましょう。御母は、御父の御独り子の御母としての役目を遂行するため、全能者の指示を一生懸命お願いしました。全能者は答えました。「私の鳩よ、恐れるな。私が助け導こう」。この約束を聞き、聖母は恍惚の境地に入りました。我に帰るやいなや、至聖にして神である御子を崇めました。その時以来、新しい神の影響が御母の上に起こり、御母は一層神々しくなりました。