苦しみの神秘1 ゲッセマニの園での祈り(マタイ二十六、マルコ十四、ルカ二十二、ヨハネ十八)

(準備の祈り) 愛する人よ、救い主の受難の広大な海に入る前に、神の御血の利益があなたの上に留まるために信頼と恩恵を願いなさい。過剰な愛が無限の悲しみを引き起こした最も聖なる御心よ、全ての慰めを欠き、私たちが感じる同じ嫌悪の全てを耐えることを余儀なくされたときに、あなたが苦しんだ全てを体験し理解するために、あなたの心とあなたの優しさを与えてください。あなたの声を聞くために私の耳を開き、あなたの模範を見るために私の目を輝かせ、あなたの苦しみを感じ、あなたに繰り返される全てのことを恐れるため、私の固い心を柔らかくしてください。そして最も聖なる神の御母よ、あなたは逃げることなくこの残酷な夜に最愛の御子に用意されている全ての苦しみを味わいました。主の苦しみの原因を私のなかで憎むために、あなたの心が感じたことに参加させてください。アーメン。

①愛する人よ、考えましょう。神である救い主は、弟子たちの足を洗ったあと、弟子たちの前で御体と御血の秘跡を制定し、やさしく崇高な話をしたあと、いつものように弟子たちとオリーブ山のゲッセマニの園に入りました…そこで敵に簡単に見つかるために。そして主は言いました。「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい…誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」(マタイ二十六・三十六、四十一)。永遠の御父の御旨が成就するために、すすんで自分自身をささげました。そして受難が、御父の正義を満たし、彼を愛するように私たちを導くように果たしました。ここに彼の苦しみ、愛の目的があります。イエスは「悲しみもだえ始められた」(マタイ二十六・三十七)。御子は御体の全てだけでなく、力とともに全ての魂も生贄として捧げ、彼の人性の最も高貴な部分から罪のあがないを始めることを望みました。従って敵が現れる前に、聖なる彼の人性から神から受ける支援を全て奪いました。そして主は苦しまなければいけない全てのことを同時に見たので、死の苦しみを味わいました。そのとき受ける苦しみの全てを魂に鮮明に示されました。鞭、いばら、釘、十字架、胆汁と酢、魂の苦しみ、ユダの裏切り、弟子たちの恥ずべき逃亡、ペトロの否認、祭司たちの中傷、裁判官の不正、兵士たちの残虐行為、彼の身体の恥ずかしめ、教義と奇跡の軽蔑、敵の勝利、盗賊の冒涜、十字架上の御父の放棄と悲しみの御母の苦しみに満ちた姿。すぐに恐怖と倦怠感、嫌悪感と苦しみ、落胆と悲しみが、生命を驚かすまでに魂を支配しました。そのとき弟子たちに言いました。「わたしは死ぬばかりに悲しい」(マタイ二十六・三十八)。苦しみもだえた御心よ、どうして無限に悲しみましたか?一瞬で死の恐怖と不安を味わうようにあなたを導いたのは誰ですか?受難の最初となるこの苦しみは最も激しいものでした。なぜならこの苦みのカリスを遠ざけることを御父に祈るほどだったからです。「うつ伏せになり祈って言いました。『父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに』」(マタイ二十六・三十九)。愛する人よ、見なさい。イエスは慰めのために弟子の方に向かい、そして弟子たちが悲しみの果てに眠りこんでいるのを見ます。「それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。『あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い』。 更に、二度目に向こうへ行って祈られた。『父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように』」(ルカ二十六・四十-四十二)。そのように三度にわたって行いました。主の悲しみは、死ぬ人が苦しむように見えるまで大きく増えました。「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた」(ルカ二十二・四十四)。そのとき嫌悪感で一杯の魂の下の部分と従順で一杯の上の部分の対立は服だけでなく祈っていた周りの土地も濡らすほど豊富な血の汗の原因になりました。このように全てを守る人は見捨てられ、全てを慰める人は最も悲しまれました。預言者の言葉は実現しました。「嘲りに心を打ち砕かれ、わたしは無力になりました。望んでいた同情は得られず、慰めてくれる人も見いだせません」(詩編六十九・二十一)。おお、最も苦しまれる救い主よ、人がもつ同じ弱さと惨めさを引き受けることで、私の愛を勝ち取ることを望みましたか?あなたが苦しんでいる人の忠実な仲間、真のなぐさめとなるためですか?あなたがこの神秘で教えることは何と素晴らしいことか!

②愛する人よ。福者バテイスタ・バラニイに明らかにしたように、イエスのこの死ぬほどの悲しみの原因は四つでした。一つ目は、彼の苦い死にかかわらず、たくさんの魂が地獄に落ちることです。イエスが福者に言いました。「私の娘よ、多くの人が私から離れ、地獄に落ちる霊魂たちを見るときの私の苦悩と苦痛を考えなさい。何と多くの魂が地獄に落ちるのだろう!そのすべては、永遠の死に至らせる罪を犯すたびに、何度も私から切り離されました」。従って数えきれないほとんど無限のこの世の罪、それに加えて、それらによって侮辱された神の威厳の明確なビジョンが、彼の精神に明確に示されました。その他の非常に少数の人たちは全てにわたり主の愛から準備された救いの利益を持ちます。この苦しみのなかで主の慰めは彼の苦しみから全然利益を得ようとしない者たちのためにも苦しむことを望んだ御父の不変のみ旨に完全に従うことです。二つ目は神によって選ばれた者の全ての罪と処罰です。イエスは言いました。「大罪のなかにいる選ばれた者は私から離れることで私を苦しめ悩ませる。私は、私の体の一部として彼らの人生の全ての悲しみ、苦悩、罰、誘惑、そして彼らが味わう地獄の苦しみさえも感じ味わいました」。三つ目は無限に愛した御母、子供たちの父として愛した主の大切な弟子と使徒、そしてヨハネほどイエスを知っていなかったにもかかわらず、主の受難と死を御母マリアの次に最も悲しんだ弟子のマグダラのマリアです。四つ目は、たくさんの奇跡とともに神から祝福されとても愛されていたユダヤ人の忘恩と彼の愛する弟子裏切り者のユダの忘恩です。イエスはこの裏切り者の前にひざまずき、足を洗い、最大限のやさしさで抱きしめ、キスをして言いようもない愛の言葉を言いました。最後に、忘恩者であるユダヤ人と悪いユダは、下劣な喜びと最も下劣な利益のために裏切りました。主よ、私もまたあなたにたくさんの悲しみを与えました。私の罪、再犯、不忠実、小心が、あなたの最も清く汚れのない御心の上にどんな恐れを与えましたか?私はなんと惨めでしょう!私はあなたのためにこれまで喜びと慰めとなったことがありますか?あなたに死の悲しみを引き起こした全てのなかで、私の罰の対象は、なんとたくさんあることか!最も悲しまれた御心よ、あなたはこの悲しみと血の汗により不信心なものの邪悪な安心と現世と永遠の死の不意打ちをおそれることなく罪の上で眠る多くの罪人の意味のない安心を償うことを望みました。そして私があなたの律法を反するときに私が身をまかせたその喜び、その快楽、その娯楽、その欲望、その希望、そして私の間違った反抗と悔い改めのない告白を償うことを望みました。またあなたは、私の心が感じる悲しみ、恐れ、倦怠感、嫌悪感などの全ての苦しみなかで私を聖なるものにすることを望み、私が苦しむとき私を慰め、忍耐、忍従、喜びとともに耐える恩恵を私に獲得させます。そして死を無視する多くの殉教者のような強さをもつように私を強くすることを望み、厳しいたくさんの償いに忠実に従ったもののように私を償いに鼓舞させることを望みます。あなたの愛は、何と甘美で、すばらしく、憐れみ深いことか!最も甘美なイエスよ、あなたがたくさん苦しんだことに、私はたくさん感謝します!

③愛する人よ、救い主は、あなたが感覚の苦行の価値、自愛心への軽蔑と否定を学んでもらうために、この極度の苦しみを受けることを望みました。そして泥から形成された肉の弱さを誰にも判断されないことでなく、神のみ旨に喜んで従順に従うことを教えるために、死のような苦しみに耐えました。彼は死の苦しみを耐えましたが、この人生の苦しみを与える神は、苦しみがあなたの力より超えることを決して許すことはありません。このときイエスは二つの対抗する意志があることを教える必要がありました。一つ目は苦しみから逃げ、神のみ旨とは一致しない別の喜びを探す人間の弱さです。もう一方は神のみ旨との一致です。キリスト教徒が神の敵を信じないで、肉が霊に対し反逆し、肉の喜びにあこがれる。しかし私たちがそれを克服しようと努め、完全な意志とともに神の律法に捧げている限り、その性質は全く問題ないことを教えます。天使が主を慰めるために天から降りました。彼が自然の弱さに戦うために必要な力を欠いているわけではなく、彼が苦しんだこと全ての慰めと強さは天から来て、神は苦しんでいる人の誰も忘れていないこと、実際に人が苦難にあるとき神はそこにいることを教えるためです。最後に御子は苦悩から免除されるべきではないことを知っていたけれど、神が、あなたに与えた試練の多くからあなたを解放しないが、私たちが謙虚な従順と神のみ旨と完全な一致してそれを苦しむとき、愛によって神と常に一致して留まっていることを私たちに教えるために御子は御父に祈りました。愛する人よ、この真実は大いに大切です。

(瀕死のイエスの御心へ償いの祈り)  おお、引き裂かれ、卑しくなった御心よ、この祈りの時間と悲しみの御心に捧げるこの日を、あなたが三時間の荒廃の海の嵐のなかで体験したことで満たしてください。あなたは私の罪をあらかじめ見たときに、ゲッセマニで私のために感じた全ての苦しみの償いとして、この聖なる犠牲とこの聖体拝領を受けとってください。全ての悲しみ、苦しみ、この日と同じ行為を一日だけでなく人生の全てで受けとってください。おお、私の御父、兄弟、配偶者の愛する御心よ、深い悲しみのなかで常に忍耐強い御心よ、あなたが私に持つ愛が、あなたを導くのは、どのくらい大きいですか?なぜあなたは私を愛する必要がありますか?主よ、私の魂の苦しみのなかで私もあなたに答えます。あなたが無限に苦しんだことを私も苦しみ、今まで以上にあなたを愛することを望みます。いつ私はあなたを知りますか? いつ反抗なしであなたを探しますか?いつ変わることなくあなたに従いますか?私の意志ではなく、あなたの意志を行いますと全てのときに心から言うのはいつですか?あなたをもっと理解し、あなたを愛するように、あなたの御心のなかに私を置いてください。最高の愛で燃えている主よ、ふさわしくあなたを受け、今もいつも代々に至るまで、あなたとともに住むために、あなたの愛で私の冷淡な心に火をつけてください。アーメン。

(神のみ旨への一致の美徳を得るためのマリアの御心への祈り)  おお、祝福された神の母マリアよ、イエスが友、弟子から棄てられ、死の苦しみを注がれた最も悲しい夜、あなたの心の十字架の苦しみはどうでしたか?あなたの目は絶え間ない涙とため息で目を閉じることはできず、最愛の御子の苦しみを数えました。おお、最もやさしい御母よ、あなたは受難が始まる前に、悲しみの最愛の人に会います。元気はないが寛大な彼はあなたの所にきて、最後の別れを言い、祝福を願います。あなたは魂を貫かれている彼を見ました。そして彼の悲しみに満ちた目に、この私の魂を買い戻すために、あなたの息子は死刑宣告され、あなたもまたカルワリオで心を十字架につけられる刑を宣告されるという永遠の御父のみ旨を理解しました。シメオンの鋭い剣により、すでにこなごなになったあなたの優しい御心に、この瞬間私は多くの苦悩をあなたに注ぎました。あなたの御心にとってどんなに過酷で苦しい夜であることか!あなたが捧げた朝の祈りの全ての悲しみとあなたの熱烈な御心を表現した全ての苦しい言葉を、どんなキリスト教徒が考えることができますか?おお、御子イエスよ、最も甘美なイエスよ、誰が私を救いましたか?誰がとても愛する証拠からあなたの母を離しましたか?なぜ私は私の目の光であるあなたを見ないのですか? 御子イエスよ、あなたのために苦しみ、あなたのために死ぬことを私に与えるのは誰ですか?なぜ、私の魂が多くの愛と苦しみを思い焦がれないのですか?全ての母のなかで最も哀れで悲しまれた母よ、あなたは神のみ旨に頭をさげ、この苦みのカリスを完全な一致で受け取ります。私はあなたに従い、あなたの涙と御子との悲しい分れに同情します。あなたはゴルゴダの山で慰めなしに死んで十字架につけられている最愛の人に会うことになるでしょう。あなたの苦悩によって、あなたの神のみ旨の完全な一致によって、私の心をあなたの愛で燃やし、あなたのように神の聖なるみ旨に全く一致するように導いてください。アーメン。

(神のみ旨への一致) 朝起きた時から、あなたの意志を全て神のみ旨に一致するように用意し、神のみ旨を愛し、自分に逆らいなさい。日中しばしばキリストにならって祈りを繰り返しなさい。「主よ、私に目を注ぎ、あなたの思し召し通りに言ってください。あなたの僕は準備できています」。この短い祈りの実践は最も崇高な完全な状態に達するために最も確実な方法です。

(短い祈り)  おお、マリア、忍耐の鏡よ、あなたは私の誘惑の中で唯一の慰めです。

(聖体拝領前の祈り) 最も愛情深い救い主、あなたの罪のなく真理と生命で一杯の唇そして蒼白な顔に、嘘つきで裏切り者のユダが近づくことを退けませんでした。あなたはユダを友の甘美な名前で呼びました。「友よ、しようとしていることをするがよい」(マタイ二十六・五十)。あなたも惨めなユダの心を得るためにキスを求めました。そしてユダよりもっと多く裏切ったのは、この私の魂です!主よ、何回私のなかにあなたを迎え、あなたの謙遜で穏やかな御心を残酷に傷つけましたか?しかしこの新しいあなたの忍耐は私をあなたに信頼するように誘います。あなたはユダから悔い改めの言葉を待っていました。そして彼が悔い改めるなら、あなたは救ったでしょう。今私は何回もあなたに悔い改めの言葉を繰り返します。「私はあなたを侮辱したために、私の魂は苦さでいっぱいです。主よ、私を許してください。私を許してください」。今、私は、あなたがユダに発した言葉を魂で感じます。「友よ、しようとしていることをするがよい」(マタイ二十六・五十)。主よ、今まで私は、私が犯した罪であなたから離れ、あなたの御心が与えたその慰めを引き裂いてきました。なぜ私は自分を恥じませんか?私の犯した罪を血の涙で叫び、喜んで無限の苦しみで償い、そのために御自身を捧げているあなたを見るとき、どうして自分をあなたのために捨てないのですか? 私があなたに多くの苦痛の原因となるなら、なぜ私はこの世に生まれましたか?無限の憐れみよ、私を憐れんでください。あなたが苦しんだ悲しみによって、あなたが流された御血によって、あなたが私に持つ愛によって願います。もしあなたに対して罪を犯したならば、その苦しみに値することを私に行ってください。イエスを慰めた天使よ、今主の御聖体を愛するために私を慰めてください。私の守護の天使と神の王座のそばにいる選ばれた聖なる霊魂たち、ミカエル、カブリエル、ラファエルよ、この聖体拝領のときに私を助けてください。私の罪で悲しんでいる御母よ、あなたの愛と苦しみに参加させてください。おお、傷つけられたイエスの御心よ、今日ふさわしくあなたを受けとり、すべての人の侮辱と特に私の侮辱を償うために、あなたの御母の苦しみと愛の御心を捧げます。自分を知り、あなたを迎えるのに値するために、愛するイエスよ、あなたが私のために燃やす愛の火を与えてください。立ち上りなさい、行きましょうと、あなたは庭にいる弟子たちに言いました。そして敵に会いに行きました。愛する人よ、あなたも立ち上がり、ついて行きなさい。あなたに会いに来たイエスを見て、彼の腕に身を委ねなさい、そうすればあなたは平和を見つけるでしょう。(ここで、あなたが必要とする恩恵のための祈りを言う)。

(聖体拝領後の祈り) 私の兄弟、私の友、私の魂の配偶者であるイエスよ!あなたの愛は何と偉大か!ユダよりも多く裏切った私にも、今、平和と愛の接吻を与えるだけでなく食物のなかであなたを与え、あなたを私に結びつけ、それどころか計り知れない無限の神、私の創造主であるあなたは最も卑しくふさわしくない被造物である私に姿を変えます。愛である神よ、この恩恵に報いるために、私は何をしたらいいですか?あなたは、聖なる魂の苦しみとともに、私の罪の贖いを開始することを望みました。そして私があなたに行い、人類があなたに行う多くの侮辱の償いのため、今日私はあなたにこの私の魂を捧げることを始めます。主よ、あなたが望む全てのことを私にしてください。私は何も残すことなく、あなたのなかに自分を捨てます。私はあなたに私の意志を捧げます。それを常にあなたに一致するようにしてください。私はあなたに私の想像力を捧げます。それを清め、サタンが取り囲む不潔な霧から守ってください。あなたのことを常に思い出すために私の記憶を、そして常にあなたを考えるため私の知性を捧げます。しかし私はあなたが知っているように弱く惨めな被造物です。あなたのようになるために私を変えてください。最も甘美なイエスの御心よ、もしあなたが与えないならば、あなたを正しく愛せません。もしあなたが誘わないなら、あなたのもとに行けません。もしあなたが支えなければ、あなたの側に立てません。そして全てはあなたのものでないといけないので、私を所有してください。主よ、私があなたの手の中にあり、私がもはや私のものでないので、私を支配してください。あなたの愛に身を委ねます。私を導き、私を変え、私を結び付け、私を清めてください。あなたが好きなように私を作ってください。私があなたから離れることを許さないでください。私に起こる損失、誘惑、逆境は、あなたの手のなかであなたが私のために定めた恩恵の源になります。なぜならば私が幸福をなくした同じ経路を通って、あなたが何度も私を幸福に導くからです。イエスの配慮ある御心、私の魂の真の父であるあなたは、この反抗的で弱く気まぐれな意志と恩恵の敵のことを考えません。御母よ、私の心をイエスの御心に結びつけ、私の心をあなたように謙遜で、忍耐強く、柔和、清く、神のみ旨に一致した心に変えてください。天国の天使たちと、主の御血と犠牲によって救われた天の宮廷のあなたたちは、この真の最も甘美な喜びをあなたたちと楽しむために、この神の子羊の御血から生じる愛と恩恵を私に取り次いでください。アーメン。(あなたの求める恩恵のための祈りを言う)。