第二部 四章 奉献の感嘆すべき効果

第四章 奉献の感嘆すべき効果

わたしが教えることよりも経験はもっとくわしいことを教えてくれるでしょう。この信心を実行するなら、いいつくし得ない喜びを感じて、あなたは驚くでしょう。そして沢山の恵みも受けるでしょう。まことの信心を忠実に守れば、聖母の魂は、わたしたちと一致し、救い主である神によって喜ばせてくださいます。聖アンブロジオは、次のように書いています。「マリアの魂が主をほめたたえるために、マリアの精神が神によって喜ぶために、わたしたち、ひとりひとりのうちにありますように」と。グエリコ大修道院長は、こういっています、「主ご自身が、その玉座をおいてくださったマリアのふところに生きるよりも、楽園とよばれているアブラハムのふところに生きるほうが、もっと幸せだと考えてはなりません」と。この信心を忠実に守るなら、沢山の恵みを得るようになります。中でも、いちばん目立つのは、マリアが、わたしたちの霊魂の中に生きるようになるから、その霊魂は、自分が生きるのではなく、マリアがその霊魂のうちに生きるようになり、いわば、霊魂の霊魂となることです。マリアが、ほんとうに、言葉にいいつくし得ない恵みによって、ある人の女王となられるとき、どれほど大きな不思議をおこなってくださることでしょう。マリアは、大きな不思議を行いになりながら、とくべつに、心の中で働いておられます。多くの場合に、本人が気づかないうちに働いておられるのです。霊魂が、もし、その不思議な恵みに気づくなら、虚栄心が生じて、それを失う危険があるからです。マリアは、みのり豊かなおとめで、人の霊魂のうちに生きておられるときは、心と体の清さ、正しい意向と、豊かな善い行いをみのらせます。マリアは、すべての被造物の中で、最もみのり豊かなお方で、神ご自身を生むほどになりました。このようなマリアを愛して、忠実をつくす霊魂のうちに、マリアは何もなさらないと考えてはなりません。マリアは、その人の霊魂がいつもイエズス・キリストのために生きるようにすると同時に、イエズスが霊魂の中に生きるようになさいます。「小さい子らよ、あなたたちのうちに、キリストが形づくられるまで、わたしは、再びあなたたちを生みます」(ガラッィア4・19参照)とマリアがいわれるかのようです。イエズスは、マリアを通じて、この世においでになりましたが、それと同様に、マリアを母とも女王とも認める人にとって、イエズスは、マリアの実、マリアの傑作となります。最後に、イエズス・キリストの次に、マリアは、人々のために、なくてはならないお方です。マリアは、その純粋な信仰をもって、その人の精神を照らし、その愛徳をもって豊かにし、その清さをもって、その母性愛をもってその人を高め、富ましてくださいます。マリアがおこなってくださる不思議な恵みを経験していないなら、だれがそれを悟れるでしょう。学問があり自愛心でいっぱいの人にとっても、また、この信心をする一般の人にとっても、そんなことはあり得ないと考えがちです。神が、はじめて、けんそんと、かくれた生活のうちに、マリアを通じて、この世に来られたように、今度もまた、すべての人の王となり、そして、教会が待ち望んでいるように、生きる人と、死んだ人とを裁くために、再びおいでになるのも、またマリアを通じてであると、どうして断言できないでしょう。イエズスが、どういうふうにして、いつ、再び来られるかを誰も知りません。それにしても天と地よりもすぐれた計画をもっておられる神は、人間が夢にも想像できないような時と方法をもって来られるのは確かです。聖書にいちばん精通している学者でさえ、これについては何も分からないので。じじつ、聖書は、この点について非常に悟りにくいものです。それにしても、わたしは、最後の時と、あるいは多分考えられる時よりも早く、神は、聖霊とマリアの霊にみちた偉大な人々を起こすにちがいないと、わたしは、確実に信じています。この使徒たちは、聖母に対する、この信心をもって、その使命を果たすでしょう。わたしは、弱い者にすぎませんから、この信心のことを簡単に、そのあらすじだけ述べたにすぎません。