第6書 6章 イエスはピラトの前に引き出され、鞭打たれ、茨の冠を冠される

金曜の明け方、長老たち、祭司長たち、律法学者たちは集まり、主がキリスト、すなわち聖別されたものであるかを再び主に聞きます。祭司たちは言います。「ではお前は神の子だな?」。主は御答えになります。「あなたたちがそうだと言う」。この答えは、次のように言っています。「あなたたちは正しい考えに到達しました。私は神の御子である。私のしたこと、私の教えたこと、あなたたちが私に対してしていることは、私がキリスト、律法により約束されたものであることを、あなたたちの聖書が証明しています」。彼らは、この言葉を真理に対する同意と信仰ではなく、死に値する涜聖であると解釈します。すぐに全員一致して、主を死刑囚として、ユダヤ地方の総督ポンシオ・ピラトの役所に連行することになります。その時、遠くから事の次第をご覧になっていた聖母のところに聖ヨハネが戻ってきて言います。「ああ、聖母よ、私たちの主である神は、見ることができないほど、ひどい苦しみのなかにおられます。御顔は平手打ちを受け、殴られ、唾をはかれ、ひどい傷で覆われているので、誰だか見分けがつかないほどです」。それを聞いた聖母は、顔には出しませんが、苦しみで引き裂かれます。御母は聖ヨハネ、婦人たちに話します。「永遠の御父の御子のもとに急ぎましょう。人類に対する愛が主なる神をどれだけ駆り立てているのか、神は人類を罪と死から救い天国に導くために何をなさるのか、あなたたちはしっかり見るでしょう」。そして彼らと共に、イエスのもとに急ぎます。聖母の一行が、群衆のなかに進み、ある街角を曲がると、聖母は御子にお会いになります。御母は御子を優しく見つめ、お互いに無言で優しく、悲しい心を通じ合わさります。聖母は御子のあとに従います。主がピラトの官邸に到着します。ピラトはユダヤ人たちに質問します。「この男に対して何を告訴するのか?」。ユダヤ人たちは答えます。「この男が犯罪人でなければ連れてきません」。ピラトは再び聞きます。「どのような罪を犯したのか?」「この男はこの国を騒がし、自分を国王と名乗り、ローマ皇帝への納税を禁じます。神の子であると自称し、新しい教えをガリラヤからユダヤの全ての地、エルサレムまでばらまきます」。ピラトは言います「それは、お前たちの問題だから、勝手に裁きなさい」。彼らは答えます。「私たちには、死刑を宣告することも、処刑することも許可されていません」。天使たちのお陰で、聖母、聖ヨハネ、婦人たちはこの尋問を良く見えるところで見ることが出来ました。心が悲しみにより貫かれた聖母は、永遠の御父に、主を最後まで見届け、主と同じ苦しみを苦しむことができるようにお願いします。御父は、その御母の願いを聞き入れられます。ピラトは、主がガリラヤ人であることを確かめた後、ガリラヤの分国王ヘロデに裁判を頼むことにしました。主が、祭司たち律法学者たちの嫉妬と悪意により犯罪人に仕立て上げられていることを知っていたので、ヘロデが自分の代わりに主を赦してくれるだろうと期待したからです。このヘロデ(大勢の赤ちゃんを殺したヘロデの息子)は、ユダヤ教に転宗していたので、過ぎ越しのためにエルサレムに来ていました。ヘロデは主のことを色々聞いていたため好奇心がありました。主が連れて来られるとヘロデは大声で笑い転げました。そして何かの奇跡を見せてもらおうとしました。しかし、主が沈黙したままであったので面白くなくなり、主を笑い者にした後、ピラトのもとに送り返しました。ピラトは、何とかしてユダヤ人たちをなだめようとして、悪人バラバの代わりに主を放免することを説得します。そして前庭にいる群衆に尋ねます。群衆は異口同音に叫びます。「キリストではなく、バラバを釈放しろ」。そして「十字架にかけろ」と連呼します。ピラトは仕方なく群衆を満足させるために鞭打ちを命じます。主は、ピラトの官邸の中庭にある柱に連れて来られます。主は着ているものを剥ぎ取られ柱に縛られます。大勢の見守るなか、六人の刑史が立っています。二人ずつ交代に休むことなく主を鞭打ちます。最初の二人はしなりのある鞭で打ち、主の御体は内出血を起こし全身が黒くなります。次の二人は、棘のついた鞭で主を鞭打ち、主の全身の皮膚が破け全身から御血がながれます。次の二人はコブのついた鞭で打ち、主の全身から肉片が飛び散り、骨が露出します。主の肩の骨の大部分が露出し、他のところも手の平くらいの大きさの骨が見えます。全身は流血のため赤くなっています。主は、人間のなかで最も醜いものになりました。御母はその全てを見ました。そのときの聖母の御苦しみと御悲しみは、人間の理解を越えており、天において明らかにされるでしょう。聖母は、御子と同じ御苦しみと御悲しみをお感じになり、聖母の御体全体で、主と同じ痛みをお受けになりました。御母の深い悲しみは、母としての愛や御子を神として愛することだけではなく、罪のない主が、不信のユダヤ人たちやアダムの子孫たちを永遠の死から救おうとしているのに、救おうとしている彼らが主に侮辱の限りを尽くしているからです。人々は、主を偽りの王として、引き裂かれた汚らわしい紫のマントをかけ、御頭に茨の冠をかぶせます。この冠は棘のある枝を輪にしたもので、硬く鋭い棘は頭蓋骨、耳や目にも突き刺します。杖の代わりに葦の棒を持たせ、主を偽りの王としてからかいます。「神が、ユダヤ人の王であるお前を救うように」。兵士たちは主の御顔を平手で打ち、唾をはき、葦の棒を御手から取り上げ御頭を叩きます。そのあと主はピラトのもとに連れて来られます。ピラトは哀れな姿に成り果てた主を群衆に見せて言います。「見なさい。この人を」。主は、頭に茨の冠がかぶせられ、顔は血まみれ、からだじゅうは傷だらけのひどい状態でした。しかし群衆はあわれむどころか、口をそろえて言います。「十字架につけろ」「死ぬべきだ、死ぬべきだ、死刑だ、死刑だ」。ピラトは、群衆の中で手を洗い言います。この男に自分は関係ない。私は手を洗い、この男の血に染まらない」。ピラトは大声で救い主の死刑を宣告します。それをユダヤ人たちは答えます。「その血は、我々と子孫が浴びよう」。御母は、ユダヤ人たちの言葉に貫かれます。