第6書 5章 イエスはアンナとカヤファのもとに引き出される

イエスは厳重に縛られ、ゲッセマニの園から祭司長アンナの官邸に連行されます。兵士たちは、全能者のお許しになるぎりぎりまで、自分たちの創造主の人性に怒りをぶつけます。救い主は、敵を全滅できる御力を隠し、救いがもっと実るために、不信心な激怒をぶつけられるままになりました。兵士たちは、アンナに死刑囚として主を引き渡します。涜聖祭司アンナは、大広間の椅子でふんぞり返り、威張っていました。傲慢な態度でこの祭司長は主に質問します。主の御答えを捻じ曲げ、主を嘘つきとして決めつけるためです。主は答えます。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている」。イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」(ヨハネ十八・二十~二十三)。その時、聖ペトロと聖ヨハネはアンナの官邸のなかに入ります。寒かったので、聖ペトロは、たき火の側に来ると、女召し使いは聖ペトロの悲しげな様子に目を止め、側によって来て、聖ペトロが主の弟子であることに気づき言います。「お前もあの男の弟子の一人ではないのか?」、聖ペトロは弱気でまごつき、恥ずかしくなり、怖くなって「私は弟子ではない」言いました。主はカヤファの官邸に連行されます。聖ペトロはついて行きましたが、そこで二度も主を否認します。聖ペトロの否認は、主にとり、殴られることよりもっと辛いことでした。主は聖ペトロのために御父に祈り、三度目の否認のあとで聖ペトロを赦してくださるように御母の仲介もお願いします。全てを見ている御母は、愛、感謝、崇敬と礼拝に没頭しておられ、聖ペトロの不始末を泣き悲しみ、主が聖ペトロを過失から起き上がらせることを確かめるまで祈り続けます。祭司長たちやその僕たちは、連れてこられた主を見て笑いころげます。主は、彼らの手の中にあり、逃げ隠れできません。祭司長カヤファは、嫉妬と憎しみにより、主を殺してやりたい気持ちで一杯です。律法学者たちやファリサイ人たちが、主を取り囲み、彼らの買収した承認を呼び出し、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めます(マタイ二十六・五十九)。偽証人たちは証言しますが、お互い食い違い、証拠は得られません。主イエス・キリストは、讒言、そしりに対して沈黙のままです。主の沈黙に我慢できなくなったカヤファは言います。「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか」。主は沈黙のままです。主の謙遜な沈黙はカヤファを激怒させます。カヤファは威張りくさって質問します。「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」。主は心の中で神を崇拝し、神の御名に対する尊敬のため答えます。「あなたが言ったとおり、私は神の子です。あなたたちはやがて、私が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見ることになります」。この御返事が自分の疑問を解決であることを考えず、怒り狂い、神の名誉を守るしぐさとして自分の法衣を破って言います。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか」。祭司長は、キリストが神の御子であるという確かな事実を否定しました。自分の職権により、この偉大な真理を認め宣言しなかった祭司長こそ神を冒涜する罪を犯しました。祭司長や聖職者たちに扇動され人々は言います。「こいつを死刑にしろ、殺せ、殺せ」。悪魔の怒りに動かされ、人々は最も柔和な主に襲いかかります。御顔をひっぱたき、蹴りつけ、御髪をむしり取り、御首に平手打ちをくわせます。聖母は、これらすべての侮辱、非難と軽蔑を目撃し、主の御体が受ける同じ苦痛を、同じ時に受けます。これは御父の特別なお計らいによるものです。聖母のひどい苦しみと悲しみは、何度も死をもたらすほど大きいものでしたが、神の御力により助けられ、御子と共に苦しみ続けることができました。救い主である御子の御心を十分に理解できたのも聖母だけです。主が、ひどい仕打ちを受けたことで、この祭司長たちと聖職者たちの怒りはだいぶ静まりました。真夜中を過ぎていたので、この悪人たちは、主を牢に閉じ込め、鍵をかけしっかり見張りました。