第4書 3章 イエスとマリアが人類のために祈り続けられる

本書が私たちの救い主イエス・キリストと御母の御業を明らかにっしようとすればするほど、言葉は不完全であることがもっとはっきりしてきます。私たちには理解できません。資格もありません。最高位の天使、セフィラムさえも、イエスと御母の地上における生活のなかの秘密の核心に触れることはできません。私が今書き記すことは、恩寵の法がこの世の第六期に成し遂げられるかについてです。この第六期とは、今までの千六百五十七年間と、世の終わりまでの未知の未来を含む期間です。御母は、御子から教会の存続中の期間、諸国諸地方に起こる出来事一つ一つについて教わりました。これら全ての隠された秘儀は、聖母の見すぼらしい祈祷部屋で教えられました。ここであらゆる神秘中の神秘であるみ言葉の受肉が聖母の処女なる胎で行われました。むき出しの粗末な壁に囲まれただけの部屋が、新約の大祭司である主イエス・キリストの至聖所であり、祈りの部屋であり、御母に教える教室にもなりました。救いの御業や恩寵の宝庫について主は説明し、罪や忘恩の人々も救いを得られるように、永遠の御父に祈願しました。主は人類の罪や、感謝しない人々が大勢、地獄に落ちることも予知していたので、その人たちのために自分が死ぬことを考え、血の汗を何回も流したのです。聖木曜日の晩、御受難のときだけ血を流されたのではありません。祈られるとき、主は跪いたり、十字架の形をして床に伏したりして祈られました「ああ、至福の十字架よ!おまえの横木の上に私の両腕が置かれ、釘付けにされ、あらゆる罪人をたちを歓迎するのはいつであろうか?目の見えないものよ、光である私のところに来なさい。貧しい人よ、私の恩恵の宝庫のところにきなさい。小さいものたちよ、本当の御父の胸に飛び込みなさい。苦労し疲れているものたちよ、私はあなたたちを元気にします」(マタイ十一・二十八)。義人たちよ、私の遺産を受け継ぐため来なさい。アダムの子供全員、来なさい。私は全員に呼びかける。私は道、真理、生命である(ヨハネ十四・六)あなたが望むものは何でもあげよう。私の永遠なる御父よ、あなたに被造物である人々を見捨てないでください。私が十字架上の犠牲として私自身を捧げますから、人々の正義と自由を回復させてください。人々が少しでも協力したければ、私は人々をあなたの胸に連れ戻せます」。主の祈りの間中、御母はお側で同じ姿勢で主のみ旨に心を合わせました。主が口に出されたこと、胸のうちに抱くこと全ては御母の祈りになりました。御子の血の汗を見て御母は悲しみで一杯となり、人々の罪と忘恩がどれほど御子を苦しませるかを嘆き、叫びました「ああ、人の子らよ、主があなた方をどれほど大切にされておられ、あなた方のために血を流されたことを軽んじています。主を愛し、仕えなさい。感謝する人たちや義人たちは幸いです。人々が光と恩寵に満たされ、救い主受け入れますように。私はアダムの子らの奴隷のなかで下っ端の奴隷になりたいと願います。人々が罪を捨て、地獄に落ちないように少しでもお手伝いしたいと思います!主よ、私の霊魂と命の光よ。あなたの祝福を感じないほどの頑固者はいるのでしょうか?あなたの燃える愛を無視するほど忘恩のものはいるでしょうか?ああ、アダムの子らよ、あなた方の人でなしの残酷さを私に向けてください。気のすむまで私を軽蔑してください。主だけを敬愛してください。私の御子なる主よ、あなたは光の光です。永遠の御父の御子、御父と全く同じ御子、永遠、不滅、広大無辺であられます」。御母は、御子の御顔から血と汗をぬぐいました。他のときには、御子は光栄に輝き、タボル山の御変容のようでした。大群の天使たちが御子の周囲で賛美と感謝の歌を美しく歌いました。御母もコーラスに参加しました。ありったけの力を振り絞ってうたったので、倒れそうになりましたが、天使たちに支えられました。主の御受難にもご栄光にも、御母は全身全霊で参加し、全能の御父の測りしれえない審判には、御自身を塵にまで引き下げ、尊敬を表しました。全てにおいて全能の御父のみ旨に叶いました。

元后の御言葉 私の娘よ、あなたの言行が主の言行に一致するかどうか、あなたが主を崇め、隣人のためにする意志を持っているかどうかをよく見極めなさい。それが確かになったら直ちに主と一致して、主を見倣って行動に移りなさい。私自身、主なる先生をいつも見倣い、全くためらわず、完全に主を模倣する事だけを望みました。今日から私を先生としなさい。何事をする前に、母であり先生である私に相談し、許可を願いなさい。私の返事を聞いたらすぐに主に感謝しなさい。私があなたの度重なる質問に答えないときは主がみ旨について教えてくださいます。全てにおいてあなたの霊的指導者に導きを請いなさい。このことをしっかり覚えておきなさい。