序文

序文

「願いなさい、そうすれば与えられる」(ヨハネ十六・二十四)。もし祈らないならば、私たちは、神がくださるどんな光にも、わたしたちがしたどんな約束にも背くことになるだろう。その理由は、今善を行い、誘惑に打ち勝ち、徳を実践するために、即ち神の戒めや教えを守るためには、私たちが過去に受けた光や、熟慮し、決意したことだけでは不十分だからである。それに加えて神が今すぐくださる助けが必要なのである。そして、この素早い助けを、主は根気強く祈るものしかお与えにならないのである。私たちは祈ることによって、私たちを堕落から守ってくださる神の援助をいただくのである。祈ることを怠ることは、今この時に滅びることなのである。

祈りの定義

「そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい」(テモテ一・二・一)。念禱は本来神へと魂を向けることである。そして、願いは本来祈りである。祈りが何かはっきりした恵みを乞うとき、それは願いと呼ばれる。もし求める恵みが漠然としたものなら、それを嘆願と呼ぶ。たとえば「主よ、十字架とご受難により、私たちを解放してください」と言うときがそれである。感謝とは受けた恩恵を感謝することである。感謝によって、私たちはさらにたくさんの恩恵を受ける資格ができる。念禱の本来の意味は神により頼むことであるが、もっと広義では上にあげたすべての形の祈りを含む。本書で念禱とか祈りとかいう場合、この最後の意味で使う。