栄えの神秘2 イエスの天国への昇天

■目次

 愛する人よ、復活したイエスは、真のそして実際の復活の信仰を確認してもらうために四十日間地上に栄光に満ちたまま、使徒たちに明らかに姿を見せることを望まれたことを考えましょう。しかし全ての場所に神がいて、聖体の秘跡の中に人となられた神がいることを信じることに慣れさせるために、常に明らかに現れることを望みませんでした。光栄あるイエスは、四千年の間に待たなければならなかった正しい人のたくさんの涙と願いに報いるために四十日間、この地上に残ることを望みました。ついに予定された時が来ました。全ての権限を使徒たちに与え、全ての国民を教え洗礼を授けるように命令された後、オリーブ山に集まるよう命じました。「彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。『エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである』。さて、使徒たちは集まって、『主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか』と尋ねた。イエスは言われた。『父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる』」(使徒一・四~八)。愛する人よ、すでに天国に昇ろうとする救い主を崇拝しなさい。天の御父と天の至福の霊魂の全てから歓迎されに行く、主の輝かしい大勝利を主と一緒に喜びなさい。そして今から、熱意とともに彼に強い信仰の心を求めなさい。この心をもってエルサレムに行きなさい。救い主は、恩知らずの町エルサレムから離れ、神の母、使徒たち、最初の弟子たちと聖婦人たちの五百人以上を引き連れ、オリーブ山にて始められたということを見なさい。主は、御父の近くで私たちの弁護人そして死ぬべき命の時代に作られた証拠として、私たちの惨めさへの憐れみ深い大神官となる一方で、天国への昇天の信仰を人類に確かめてもらうためにたくさんの大群衆の証人を強く望まれました。マリアと一致し、彼女の信仰に参加しながらオリーブ山まで彼女に従いなさい。使徒たちに、復活と聖霊の約束の信仰をよみがえらせたイエスの最後の言葉を深い尊敬と崇拝の心で聞きなさい。天に上昇しようとするイエスに優しく、尊敬の視線を向けなさい。たくさんの涙を流し、そして十字架の上で弱りはて瀕死であった神の御目は、今、太陽よりももっと輝いています。尊ぶべき御頭は、もはや血で濡れたいばらの冠ではなく不滅の栄光の冠をされています。御体をみにくくさせた全ての御傷は、今や神の輝きとなり、そして侮辱と中傷の理由は全くなく、それどころか、それらは栄光と大勝利の輝きに貢献します。全てが見えるように手を上げ祝福し、少しずつ天に上り始めているイエスを、天の熱意に燃やされ、生き生きとした希望に支えられているマリア、使徒たちとともに見なさい。

②「手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた」(ルカ二十四・五十)。なんという素晴らしい光景!なんと驚くべきこと!弟子たちは、今まで、これほど素晴らしい光景を見たことはありませんでした。弟子たちは主が湖を歩き、閉じていた部屋の真ん中に突然現れたのを見たことはあります。しかし、ここでイエスは弟子たちとともにいて、彼らと話をしながら空中に上がります。弟子たちは彼を見ますが、誰も触れることはできません。白い雲が彼を取り囲み彼らの視界を取り去ります。イエスが何回も言っていたので、弟子たちは、彼が行くところをよく知っています。彼は天国に昇り、彼を送った御父のもとに戻ります。弟子たちが今行くことが出来ないところ、そしていつの日か行かなければいけないところに彼は行きます。彼は、弟子たちのため、そして私たち全てのために報いる場所を準備するために行きます。イエスは御父の右に座り、彼とともに住むために私たちを呼ぶまで、御父の懐のなかで休みます。なぜ私はそのような素晴らしい光景に感動したままでないのか?冷淡な私の心を開いてください。全くゆるぎない希望に、常に私の目を天に固定するため、地上から引き離してください。天使、大天使、天上の全ての権威は、彼らの王の前に来ます。イエス・キリストとともに蘇った全ての義人、アダム、イブ、アベル、メトシュラ、ヨブ、トビアス、イサク、ヤコブ、そして聖なる予言者イザヤ、エレミヤ、聖なるダビデ王、聖ヨゼフ、聖アンナ、聖ヨアヒム、洗礼者聖ヨハネ、ザカリア、エリザベト、三賢者、神聖な老人シメオンとアンナ、よき泥棒などは、栄光の勝利の凱旋に同伴するために合流します。肉体は、地上の楽園から追放されたが、自ら肉体となった御言葉は天に上がります。「城門よ、頭を上げよ。とこしえの門よ、身を起こせ。栄光に輝く王が来られる。栄光に輝く王とは誰か。強く雄々しい主、雄々しく戦われる主」(詩編二十四・七、八)。 それは殺害された神の子羊です。それは勝利に満ちたライオン、ユダ族のライオン、力の主、栄光の王です。これは、イエス・キリストが御父の右に座りに行くときの称号です。主は、御父の右に救われた全ての人を座らせます。そして御父の右で、彼を信じ、彼の罪の贖いを利用する全ての人を待ちます。すでに何とたくさんの人がそこにいることだろう!彼らはこの世と人類がしている全てのことを見ています!したがって天国で私の魂をよく見ています!死ぬべき旅の終わりとして、休息の場として、魂と心が常に天に向かうよう常に支えてください。信仰は教えます。「わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めているのです」(ヘブライ十三・十四)。非常に短い期間しか留まることができない地上はあなたの祖国でなく、永遠の天国の市民として天国で、神があなたの帰りを常に待っていることを考えなさい。そしてその信仰で元気になりなさい。そして今日、心を堕落させる世の偽りの善と中身のない幻想に反対するキリスト教の信仰で元気になりなさい。信仰はキリスト教の目そして判断であり、永遠の救いの全ての骨組みの土台です。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(ヘブライ十一・一)。 信仰は天国を約束します。「信じて洗礼をうけるものは救われる。しかし信じないものは罪に定められる」(マルコ十一・十六)。信仰によってイエス・キリストは私たちのうちに住み、私たちも彼のうちに住みます。信仰によって、イエスは私たちの中で働かれ、信仰よって、彼の神秘と彼の命を私たちに伝えます。

③愛する人よ、もし約束された報酬のことを強く望むのなら、全ての苦労を軽いと考え、全ての弱さに耐えることができ、貧しさと快適な生活の不足に耐え、そして侮辱と過ちを平和のうちに維持し、この世の偽りの輝きに目を閉じるでしょう。なぜなら、この世のすべての豪華さと栄光は灰に終わることを常にあなたに示し、あなたを魅了しないからです。体から離れた魂は、行いに応じてその日の結果に導きます。良い場合は天国の栄光に、悪い場合は地獄の混乱に導きます。永遠の考えを失わないために、聖マカリウス、聖アントニオ、柱頭修行者は、町から離れ砂漠に住みました。聖ベネジクト、聖ベルナルド、聖ドミニコと聖フランシスコは修道院に自分を閉じ込め、自らを聖化することで、隣人を聖化しました。愛する人よ、全ての考え、全ての行いをイエス・キリストに狙いをつけるために、永遠の生命の考えに魅了された使徒たちの熱望を考えましょう。「イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる』 」(使徒一・十-十一)。さて使徒たちは、その瞬間に、動くことはなく、地上で起こる全てのことに無関心であり、天以外のことを少しも考えられず、天の熱意に燃やされ、喜びに満ちた希望に支えられました。イエスを、全く見ることは出来なくなっても、去ることなく天の方を見ていました。「彼らはイエスを伏し拝んだ後、オリーブ山から大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神を褒めたたえていた」(ルカ二十四・五十二 使徒一・十二)。それから、その大きい喜びにより、使徒たちは祈りながら行動、行動しながら祈る(絶えず祈る)ことに従順に従うようになります。使徒たちは天使の知らせに従いました。そして日常生活であなたは天使の代わりにあなたの近くにいる上司に従いなさい。あなたに対し神の意志であるあなたの義務に従いなさい。神があなたのために要求する日常の仕事に、町に戻るため、考えを聖なる山に残すことを恐れてはいけません。イエスは受難を始められたオリーブ山の頂上から天に昇ったことを思い出しなさい。神である先生は、この神の山のふもとで瀕死で衰弱して見られ、その後、犯罪者としてつながれ連行されました。そしてイエスは、私たちが主を侮辱したことに悔い改めを与えたあと、天の栄光の高みへ上昇することになります。おお、イエスよ、感謝と愛で一杯で、栄光の大勝利をあなたとともに喜びます。神の救い主よ、あなたは私を買い戻すために崇敬すべきあなたの御血をたくさん流し、そしてあなたが言ったように、私に天国の場所を準備するために天に昇ったことを思い出させてください。この天、切望の王国にたどり着くために、主よ、あなたの恩恵で支えてください。天国の王国に着くことを邪魔する全ての敵にうち勝つために、あなたの要塞で武器を与えてください。マリア、美しい希望の母よ、あなたの愛とあなたの恩恵とともに天国に私を導く道に私を従順にしてください。アーメン。

(天国への希望) 初期のキリスト教徒のように行動しなさい。あなたを駆り立てる信仰はあなたの行いの全てに現れます。「正しい人は信仰を生きる」。それで、無駄な話と無益な目立つものに心を縛らないでください。永遠の至福の霊魂たちと天使たちと仲間になる希望とともに、この世の気晴らしを軽蔑しなさい。全ての不快な必要のなかで、全ては過ぎ去ります。ここに永遠の住まいはない。しかし我々は未来を切望します。 主よ、あなたの美しいお顔を見るのはいつですか?と日に3回繰り返しなさい。

(短い祈り) おお、マリアよ、天国の階段、永遠の幸福の美しさに、あなたとともに私を導いてください。

(聖体拝領前の祈り)  おおイエスよ、あなたは栄光のなかに場所を準備するために天に昇りました。しかしあなたの燃える愛の御心は地上の孤児を放っておくことはありませんでした。あなたはこの秘跡であなたの全てを私たちに残しました。何もない奈落の底で弱り切っている私の魂はあなたを崇め、父のなかで最も愛情があり、兄弟のなかで最も甘美な、愛する者のなかで最もやさしい贈り物、神であるあなたを与えるこの恩恵を感謝します。この聖体顕示台のなかに、私は、永遠の生命までほとばしる生きた泉の水が湧き出ている生ける井戸を認めます。ここで私の邪悪に疲れ、そして常に忍耐強く温厚なあなたは、汚れのない御体と御血で私の魂を元気にするために、永遠の生命に導くためサマリアの女性を待っていたように待ちます。あなたを裏切り偽証したこの魂は、不貞な婦人に与えたあなたの赦しを、あなたの愛の恩恵とともに待ちます。 ここで、私ははっきりと言います。「神様、罪人であるわたしを憐れんでください」(ルカ十八・十三)。「今日あなたの罪は赦された、あなたはたくさん愛したので」。その甘美な言葉を心に聞くために、悔悛の涙であなたの足元を濡らしたいと思います。「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」・・・・「あなたの罪は赦された」(ルカ七・四十七、四十八)。しかしもし私が大きい愛を持っていないならば、あなたが永遠の、無限の、最高の愛でないならば、一体誰が私に愛を与えることができますか?神よ、私をあなたに引きよせてください。あなたとともに、あなた自身を立派に受け取るために準備をさせてください。リンポから天国へ入った聖なる父祖、聖なる使徒と弟子よ、救い主の大勝利の証人よ、天国に同行した天使たちよ、堕落から回復させ天国に迎え入れるために、無限の愛によって私と神が結びつくその瞬間にあなたたちの感謝の気持ちと崇拝、愛、祝福を私に貸してください。そして天に昇る御子を見て計り知れない愛と天国の希望で一杯の無原罪の乙女、私の最愛の母よ、私の信仰に火をつけ、希望を満たし、愛を強めてください。私が行うことを祝福し、受け取り、そして、天の永遠の王冠である、この聖体拝領に値するために最終堅忍を取り次いでください。この日、イエスと一緒に天国に昇り、彼と同じ栄光の輝きに迎え入れられた天にいる最愛の父、栄光の聖ヨゼフ、私のために祈ってください。そして決して離れることがないようにイエスと強い愛で結びつけてください。アーメン。(あなたが必要とする恩恵を祈る)

(聖体拝領後の祈り)  おお、イエス、慈しみ深い救い主、私の魂の最も甘美な配偶者よ、あなたは私の全てです!この荘厳な瞬間、無限の神であるあなたは、あなたの被造物と全て一つになりました。あなたを崇拝する天にいる全ての前で、私は永遠にあなたを愛するために、私に不足する全てを与えてくれる希望のなか、あなたの愛に自分を捧げます。あなたは天国に昇ることにより、そこに到るための道を明らかにし、そこに昇るための安全な階段と信仰を私に残しました。私は使徒トマスのようにあなたの御傷に触れることを求めません。「見ないのに信じる人は、幸いである」(ヨハネ二十・二十九)。あなたのこの言葉だけで十分です。イエスよ、この世であなたを見ることを望まず、信仰と希望によって生きたいです。そして今、天と地の全ての前で、あなたが真の神であり人であり、父である神の御独り子、至聖なる三位一体の第二のペルソナ、最も純潔なマリアの胎内で人となられた神の御言葉、マリアの唯一で真の息子であることを信じます。三十三年に渡って、私の愛のために、あなたは貧困、苦悩と苦痛の生活をおくり、そして私を救うために、あなたの御血の全てを与え、さらに最も素晴らしい奇跡によって、愛の奇跡によって、あなたはこの秘跡によって人類の子供たちのなかに常に留まることを望んでいることを信じます。あなたの力によって栄光に復活し、そして今、神の御父の右に座っているあなたは、あなたに従うものに、地上で言ったとおり信仰の褒美として天国を準備し、栄光に満ちた王座を振り分けていることを信じます。神よ、私の母であるローマカトリック教会にあなたが明らかにした全てのことを信じます。しかし使徒とともに言います。「私の信仰を増やしてください」(ルカ十七・五)、「信じます。信仰のないわたしをお助けください」(マルコ九・二十四)。ええ、主よ、使徒と殉教者たちが示したような不変の、寛大な、英雄的な生きた信仰、最も危険な誘惑のなか、堕落することなく、逆境と迫害のなか、倒れることのなく、自分を支える信仰、もしあなたがそれを求め、もしくは少なくとも殉教者の魂を覚悟するように求めたなら、常に、戦い、苦しみ、財産を捨て、血を与えることへ準備できた状態にする強く燃えるような信仰、を与えてください。 そして、貞節な乙女、信じたため至福であり、生きた信仰の鑑、全てのキリスト信者の模範であるマリアよ、隣人のために償いそして愛のために働く生きた信仰を取り次いでください。私は地上の全てのことを愚行として見なし、世の偽りの喜びから私の心を遠ざけ、そして全ての行いを信仰の光で自制します。それは永遠の褒美を願うことの基礎です。この信仰のために血を流した聖なる殉教者よ、復活と命のこの食物に対し、あなたたちがもつ愛は強いので、この貧しく、弱い私の信仰を支えにきてください。将来罪のあがない主の信仰の中に住み、リンポから彼とともに出て、キリストの昇天の日に彼とともに天に昇った聖なる父祖、聖なる預言者、聖なる王よ、私の死の時、全てにわたって、あなたたちと一緒に賛美することができるように彼を称え、私のために祈ってください。そしてリンポのなかで族長のアブラハムの懐で休みながら、あなたの手の労働で育てたイエスの栄光を待ち、この日に彼の栄光を身に着けた父聖ヨゼフよ、私のために祈り、天国にあなたとともに住むために地上から離れて生きることができるように取り次いでください。死の時点で待つ、イエスからの祝福を今日、私のために取り次いでください。おお、私の救い主、あなたの栄光の昇天の記念を称えるこの日、聖なる祝福をあなたに求めるために、あなたを信じ、あなたの足元にひれ伏す私を見て下さい。使徒たちに同意したように、それを私に許してください。おお、イエスよ、天国にあなたとともに昇るのはいつですか?そしていつ、私はあなたと離れることがなく、あなたと一致しますか?愛する人よ、勇気をだして、目標は天国であり、その瞬間は遠く離れていません。どれだけ下劣で卑劣か!地上よ!どんな時でも私は天を見つめます。おお、天よ!私の希望の甘美なものよ!私の心を所有し、私の考えを奪い、私のため息を終わらせ、私の願望の唯一の対象となりますように!アーメン。(あなたが必要とする恩恵を願う祈り)。