喜びの神秘4 イエスの奉献(ルカ2・21~24)

■目次

① 私たちの救い主は、犠牲を愛することを人生の最初から私たちに示しています。イエスは八日後に割礼で最初の御血を御父に捧げます。そしてマリアは律法に従い四十日後に初子を奉献します。割礼において赤ちゃんはイエスと名付けられました。その名前は救世主を意味します。その崇高な名前は、イエスがマリアに受胎するまえに大天使ガブリエルから明らかにされていました。割礼は屈辱的な儀式でした。最も聖なるイエスは罪人と混同され、真の人性の表明と、私たちの高慢とは逆である従順と謙遜の模範のためにアブラハムが持っていた信仰の印を受けます。愛する人よ、神である御子はあなたの間違った考えと決定、心の無秩序で自発的な好意の全て、自分のことを話し、隣人を批判する言葉の欲を排除するために、このような屈辱をあなたのために負いました。イエスよ、あなたは私を救うためにあなたの御血を注ぎます。そして私は私の救いのために何も苦しもうとしませんか?あなたは大きな愛とともに御血を注ぎ、私は心をまだあなたに与えませんか?おおヨゼフ、おおマリア、この地上であなたたちだけがこの時の神の御血の価値を知っています。御血がしたたり落ちる時、あなたたちの御心にとってなんと痛かったことか!イエス・キリスト、力強い名前よ!その名前のみが人を救うことができ、その名前によってのみ神は全ての恩恵を授けます。天国を開き、地獄を閉め、悪魔を鎖でつなぎ、偶像を倒し、偶像崇拝を追放する名前よ、拝むべき甘美な名前よ、私の罰を抑え、不幸の中で私を強めてください。そして死のとき、天国の希望で私を慰めてください。常に私の心の中に、唇の上に最も甘美なイエスの名がありますように。

②『さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである』(ルカ二・二十二、二十三)。愛する人よ、従順なマリアを見なさい。神の母であり常に乙女であった彼女は他の全ての母と異なるため、この掟の対象ではありません。この神秘でマリアは三つの偉大な犠牲を成し遂げます。第一の犠牲は名誉の犠牲です。マリアは人の目に自身の処女性を犠牲にします。処女性ついて彼女は天使の目に、神の前に大切にしていました。御母はこの奉献で人の目に処女に見られることをやめ、神の母である名誉を捨てます。彼女は神の目に全く神聖で純潔です。このことはそれで十分です。人間の判断で妨げられません。ああ、なんて私たちと異なるのでしょう!私たちは神の目には醜くても人の目には汚れなく思われることを望みます。高慢な私たちは自分に名誉を与え自分を目立たせることを切望し、侮辱されたら、すぐに復讐することを望みます。第二の犠牲は貧しく思われることです。律法により、親は子羊を捧げないといけませんが、貧しい親は二羽の山鳩もしくは山鳩の雛二羽を捧げました。天と地の女王、世界の造り主の母であるマリアは、世の目と主の家で貧しいとみられることを恥としません。御母は、貧しさは軽蔑され、全ての男女は、豊かな時でないときでさえ、外観が豊かに見えるドレス、スーツで着飾ろうと努めることを知っていました。神の家のなかでさえも豊かな人は最高の場所を望みます。この神聖な場所でさえ、大きな贅沢そして大きな見栄とともに虚栄心は正確に示されます。この世間の中で、多くの人は外観が貧しく見えることを恥とします。そしてただ適している服がないという理由だけで、ミサで御聖体を受けなかったり、他の公的な義務の活動を放棄しさえします。貧しい人々の苦しみを侮辱する豪華な衣服を誇示することで、私たちは、どんな侮辱を神に与えることになりますか?愛する人よ、マリアが富というこの世の新たな偶像に対して成し遂げたこの犠牲の重さを見なさい。第三の犠牲は最も偉大です。比類なく無限に貴い彼女は、私たち罪人のために、彼女の息子である御独り子を生贄として捧げます。誰がこの偉大な犠牲の価値を理解出来ますか?マリアとヨゼフは愛を満たし、喜びを共有するために赤ちゃんを支えます。そのときマリアは御父に言います。「ここにあなたと私の御子がいます。あなたが御子を私と人類に与えたので、感謝の気持ちとともに御子をあなたに捧げます。そして、あなたの正義を和らげ、全人類を憐れんでもらうために御子をあなたに捧げます」。ああ、神の御母が、イエス・キリストを捧げるこの最高の奉献よってなんと多くの恩恵を私たちに獲得させるであろうか!この聖なる奉献は天国のためになんと素晴らしい光景であることか!その時、御父はご自身にふさわしく、ご自身と同等の方の奉献を受け取ります。愛する人よ、神のイエスはわずかな銀貨の価格で買い戻され、私たちは彼の罪のない御体の五つの御傷から流れる御血の全ての価格で地獄から買い戻されることを見なさい。そして天国の御父にマリアとともにいることを示し、マリアとイエスとともに、全ての考え、全ての愛情を最高の創造主に捧げなさい。

③ その素晴らしい光景での、正しいシメオンを見なさい。彼は聖霊の啓示を信じています。彼は赤ちゃんを見て、真の神であることを認め、心の中で賛美します。それから赤ちゃんイエスを腕のなかに受け取り、神を賛美しながら歓喜と感謝を言います。私はシメオンのこの強い信仰を持っていないので、聖なる聖体拝領でイエス御自身を最も親しく抱きしめ、完全に所有するとき、どうすればいいでしょうか?愛する人よ、シメオンがマリアを称え、マリアの苦しみとイエスの死を預言したことを考えましょう。「あなたの心も剣でつらぬかれるでしょう」(ルカ三・三十五)。マリアは御子の心臓が槍で貫かれるのを見ないといけません。そして彼女は心を苦しみで貫かれなければいけません。おお偉大な神よ、三十三年前に知らせることなしに、マリアがこの残酷な苦悩に予定されていることで十分でなかったですか?聖なる乙女よ、あなたは愛する御子を熱心に養います。あなたの苦悩は、彼の成長とともに大きくなります。それどころかこのやさしい子羊が犠牲となる時間に近づくにつれ、ますます大きくなります。あなたの殉教は全ての人生で長く続きます。あなたの息子は多くの人の復活での破滅の原因であり、矛盾の印のままでいます。ああ、人里離れた場所で、悲しみ、涙、救い主の苦しみの記憶のなかで、あなたと一緒に私も過ごすことができるのなら!この日から殉教者の女王の高貴な称号はあなたのものになりました。なぜならば、あなたの犠牲は限りなく大きかったからです。殉教者は命を捧げましたが、あなたは自分の命より最も限りなく愛し、大切にしていた御独り子の命を捧げました。殉教者にとり犠牲は瞬間的でした。あなたは常に御子の将来の苦しみを考え、全ての瞬間に永遠の御父に御子を捧げていたので、あなたにとって犠牲は生涯続きました。聖母は、シメオンから預言されたこの苦しみが死ぬまで彼女の心から決して消えなかったことを聖ブリジッドに明らかにしました。聖ベルナルドは言います。「この日から、彼女は生きてはいたが、心の中で最も残酷な死の苦しみで貫かれることで死にはじめました」。それにもかかわらず、英雄的な不屈の精神でその苦しみの宣告を、完全な従順で受け取りました。聖アウグスティヌスは言います。「彼女はこの日から、人類を償う人となった」。また聖アンブロシウスによると「彼女はこの日から、全ての信徒の母となりました」。そして聖エピファニオスが言うには「マリアの意志は、私たちを救うという御子の意志と一つだったので、彼女はこの日から奴隷を解放する人となった」。おお殉教者の女王、苦しみの海よ、苦しみの重荷の下で私の強さがより小さくなり、私の力が弱っていると感じるとき、私を見捨てないでください。あなたの最愛の手に値するようになるために、彼が私のために許す苦悩と苦しみを、平和、忍耐、愛とともに耐える力と強さを取り次いでください。そしてあなたの最愛の息子の御傷と御血がこの魂に無駄にならないようにしてください。おお最も清い母、私を救い、天国を獲得させてください。全ての言葉、全ての考え、望み、意志、行動、熱意が神に快く受け入れられる供え物として捧げることを、今、始める力を与えてください。そしてあなたの苦しみの模範で、人生の困難のとき私を励まし、あなたの犠牲の模範で、支配している私の欲望を犠牲へとかりたててください。おお偉大な聖人、イエスの養父そして私の父である聖ヨゼフ、あなたもまた今日から生涯にわたって心を貫かれました。神の道への特別な私の案内者、私の人生の保護者、私の死のときの慰めになってください。アーメン。

(犠牲) あなたを支配している欲望を抑えることで、最も喜ばれる犠牲を神に捧げなさい。それからマリアのこの英雄的な犠牲への愛によって、あなたが最も頻繁な過ちと欠点の機会となる全てのことを我慢しなさい。そして自己愛、安息、体の満足にとっていやなことである全てのことに働くように力を尽くしなさい。

(短い祈り) おおマリアよ、甘美な泉よ、臨終の苦しみのときに私を助けてください。

(聖体拝領前の祈り) おお、救い主の母よ、あなたは全人類のために永遠の御父に御子を捧げたその愛によって、私の流刑の間、神の意志、神の愛から離れないために、この秘跡を授けた愛である神に、私も捧げてください。預言をうけたマリアよ、私にあなたの模範を示し、あなたの愛と完全な犠牲の精神で私の心を燃やしてください。あなたがシメオンに与えたように、今日あなたの愛するイエスを私に与えてください。彼の到来は私の闇を払い、私の無秩序な愛情を破壊し、私の魂を聖化するので、この惨めな罪びとの腕のなかに来ることを退けないでください。最も清い母よ、私を清めてください。私の心は、あなたにとって好まない全てのことで使い切っています。したがって自己愛に奉仕し、美徳をなくした私の心は、あなたの愛する御子を生贄へと導きます。私によって傷ついた神よ、イエスの最初の御血のしずくを歓迎し、私の罪の償いとして受け入れたように、この神聖な御聖体を歓迎してください。御血は、私を聖化するために一滴では足りません。そしてそれを御聖体で完全に受け取ります。イエスよ、まだ私はあなたの愛に消耗されませんか?私が望む全ての善はあなたとともに来るので、甘美なイエスよ、この罪人の心に、遅れることなく、来てください。あなたが私の全てとなり、あなたに従い、あなたを抱きしめ、あなたを所有することができるために、剛毅の精神と離脱の精神を注ぎ込み、この世のものに対する束縛を破壊してください。あなたを所有するとき、聖なる年老いたシメオン、預言者アンナとともに、永遠にあなたの懐にいることを望む熱烈な願いの賛歌を歌いたいと思います。この祭壇の周りに無数に集まっている至福の霊魂であるあなたたちは、私の魂を求める人を見ています。そしてあなたたちは全く失うことなく所有しています。私の人生の出発のときに、精神が自由にあなたたちと一緒に主を賛美し、永遠の光景を歓喜することが出来るために、私とともに彼を崇拝し、彼をたたえ、感謝してください。 (あなたが求める恩恵を祈る)

(聖体拝領後の祈り) おお、慈しみ深い御父、全ての慰めの神よ、天と地で最も聖なるマリアとヨゼフの二人の御心が神殿であなたに捧げたように、今、私の胸に閉じ込め、私の肉、私の血になった、あなたの唯一の御子を捧げます。私の重大な不正ではなく、私の愛のために私のなかにいるあなたの御子に目を向けてください。それゆえ、イエス、マリア、ヨゼフの清く、汚れのない御心の犠牲を見ることで、私の罪を赦してください。しかし、たとえ、私は全ての犠牲を今日行うとしても、あなたの恩恵により善は増えるために、悪はあなたの慈悲によって破壊されるために、最も清く最も神聖なイエス、マリア、ヨゼフの御心とともに、私であるところのもの全て、私が持つところの全て、私の貧しさ、惨めさ、望み、苦しいことそして喜びである全てとともに、私の人生、全ての感覚とともに私の体、全ての力とともに私の魂、私の中にある全てのこと、つまり私の善もしくは私の弱さをあなたに捧げます。犠牲と悲しみのイエス、マリア、ヨゼフの御心とともに、私は、今日、高慢、簡単な怒り、肉欲、支配的な欲望が行おうとしていることを犠牲としてあなたに捧げます。神のイエス、あなたは私たちを清めることのできる唯一の生贄として永遠の御父にあなたを捧げました。生贄にふさわしい完全な放棄とともに、今、私の捧げものを受け入れてください。あなたが私に課すのに好みにあう苦行で、あなたの栄光にあなた自身が私を生贄としてください。あなたの愛の火で私の魂の不完全をなくし、罪の火で熱くなっているこの反抗的な肉をあなたの愛の火で燃やしてください。あなたの栄光の神殿の清い霊とともに、マリアとヨゼフからあなたを紹介される日に値するために、私のなかで聖なる精神を作ってください。おお、聖なる老人シメオン、今私の心にいるイエスを、あなたが腕のなかで抱きしめた時のように、ふさわしく賛美するためにあなたの信仰と喜びを貸してください。聖なるやもめ、預言者アンナよ、マリアとヨゼフの腕のなかにいる赤ちゃんイエスを神として認め、賛美し、祝福したあなたの熱意を与えてください。今日特に秘跡の下で、イエスはこの惨めな被造物とちょうど一致しているところです。私もまた、シメオンとともに叫ぶでしょう。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」(ルカ二・二十九-三十)。清い乙女、そして清めの必要は全くなかった清さそのものの神の母、私の魂のなかで、彼を不愉快にさせる全てのことを清める神聖な火を神から取り次いでください。そして、イエス・キリストの御血によって、救われるようにしてください。最も清い乙女の最も純潔な配偶者である聖ヨゼフ、あなたは私の清さの守護者になってください。そして主が私の魂を従わせる神の摂理のなかで定めた誘惑や試練の危険の真っただなかで私を強くなるように取り次いでください。アーメン。(求める恩恵を願うための祈り)